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あれから、数日が経った。 まだ、数日しか経っていないのだ、とアリュードはぼんやりとした頭で考える。 いい加減、身体が疲労を訴えている。 だが、やめられはしないのだ。 事は重大だ。だから、この司法の庭は慌ただしい。 (命の重み、か) 一人ごち、彼はそっと目を伏せた。 法は平等であるべきだ。けれども、人は決して平等ではない。 最高裁判官として、法の下の平等を作り上げるアリュードでさえ、現実の、人の世界で生きている、という事実は変えられない。 平等とは、ただ分け隔てなく、等しく与えられればいいものではない。 その立場の人間に、与えられるべき量まで平等にしては、結果的に不平等になることもある。 (なーんて、ね) 難しく呟いて、内心で苦笑い。 今となっては当たり前のそんなことを教えてくれたのは、忘れもしない。 アリュードの最初の友達だった。 あの頃は、唯一の友。そして今は。 今、誰よりも忙しく、ほとんど眠っていないであろう友を思い、アリュードはそっと目を閉じた。 「やあ」 セリカが声をかけると、彼はようやく振り向いた。 司法の庭、限られた人間しか入れない区域。 この場所もまた慌ただしく、行きかう人間は常に早足で、誰もが口を開こうとしない。 そんな中、マイペースを貫くセリカは、やや異端なのだろう。 セリカの長年の友であるキルシュも、この時ばかりは周囲と同じく、せかせかとセリカの横を無言で行き過ぎようとした。それが少し寂しくて、セリカは何とはなしに声をかけたのだ。 振り向いた彼に、セリカはいつも通りの笑顔で話しかける。 「最近、どうだい」 「……あまりよろしくはないね」 返事こそ明るいものではなかったが、別段、迷惑がるそぶりは見せず、話に応じる。そんなキルシュの態度が嬉しくなって、セリカは大げさに手を広げた。 「意外だね。君でもそういうことがあるのか」 「僕はそこまで万能じゃないよ。普通にやっていく分には」 ぼそりと付け加えられた言葉に、セリカは曖昧な相槌を打った。 セリカは、キルシュの持つ、普通とは違う手法を知っている。そしてそれがあまり大っぴらにする類のものでもないことも、キルシュがそう考えてアリュードには話したがらないことも、知っている。 平民出身ならでは、の視点。下町を熟知しているからこその情報網。 そして、少し後ろ暗い手段での、捜査。 そこでセリカは、ふと考える。 「今回は、いつもと勝手が違う?」 「大いに違うよ。それに、だ……」 「それに?」 「……あまり頼れないだろう、今回は」 信頼に足る人間は、そう多くはないし。 思わずセリカは黙り込む。そんな友の表情に、キルシュは軽く眉をあげ、そして表情を和らげた。 「そんな顔するなよ。らしくないぞ」 「たまには、考えるさ。私だってね」 「仕方ない。こんな事件は、既に事件じゃない。司法の庭を越えている」 「おやおや、司法の庭、最後の番人たるキルシュ・ビバルディからそんな言葉を聞くとはね。君こそ、らしくないじゃないか。アリュードに怒られるぞ」 「……だから、君にしか言わないよ」 「それは光栄、というべきかな」 交わす笑みは明るく、少し子供じみたものだ。それでもセリカは、目を伏せてしみじみとぼやいてしまう。 「君がアリュード以上に優先するものなんて、けして多くはないものね」 「……そうだろうか」 「うん、少なくとも私はたった一つしか知らない」 そう言うとキルシュは、考える素振りをした。 その一つを考えているのだろうか。 ふっと視線をそらしたセリカは、司法の庭に物々しい馬車と一団が入ってくるのを見つけた。降りた人物を見て、何とはなしに呟く。 「王子」 「今は陛下だよ、セリカ」 「ああ……そうだったね」 苦笑いし、ヨーゼフの足取りを追う。 おそらく前陛下の件についての来訪だろう。本来ならば、最高裁判官足るセリカとキルシュには、彼らを迎える執務が発生するのだが、今回はアリュードがその役目を一手に引き受けている。 この国で、この司法の庭はただ、裁判を行うだけの役目を持ってはいない。しかし本来、裁判官に課せられているのは、裁判の執行だけだ。今回のように事が大きくならない限り、事件の調査や調停に追われることはない。 だから大抵の裁判官はこうした対応に不得手で、基本的にはアリュードが全てを担う形になった。 そうした動きを見る限り、実質上、アリュードは最高裁判官の中でも中心的な存在になりつつあるのだろう。そして、その彼の影となるキルシュも。 そこまで考えたところで、セリカは思考を断ち切り、話題を変えた。 「しかし、殿下……ああ、いや、陛下の襲撃事件もまだ、目通しがつかないな」 「そうだね」 「気にならないのかね、君は」 「気にはなるさ」 「だったら」 「けど、僕は騎士じゃない。盾になることは出来ないよ」 「……いっそ狂言ならね」 不穏な発言にも、キルシュは全く動じない。ちらりと周囲に目を走らせ、人がいないことを確認する程度だ。セリカもまた、平然と話を続ける。 「殿下がもう一度襲われる危険がなくてよかったんだけど」 「……違う、という確証が?」 「あの状況は危険過ぎたよ」 襲撃事件のことを思い返し、セリカは冷静に続ける。 「君が入らなければ、確かに彼は死んでたかもしれない。それくらいには、彼も動揺していた」 「あの時は側近のバロンも近くにいた。僕が出なかったとしても、どうにかなったとは思わない。それに、それくらいしなきゃ、狂言の意味はないだろ」 「いや、それはどうだろうか」 キルシュからの反論に、珍しくセリカは真面目に返す。 「民衆に襲撃させることが出来るなら、陛下に関しても同じようにすればよかったんじゃないか? そうすれば、ただの反乱にしか見えない。何も、自分が疑われる余地を残さなくても」 「……民衆を扇動するのは、意外と難しいぞ。王子なんて身分で出来るものか」 「じゃあ、あの事件はなんだ。それこそ解せない。陛下ならともかく、相手は殿下だ。主張、主義。それ以外の何で動く?」 「利害、か」 「反逆罪を背負ってまでか?」 「負わなくてもいいなら、たいしたものでもないだろう」 いっそ投げやりな態度を取る。そんなキルシュに、セリカは思い切り眉をそびやかした。 瞬間、セリカの中に、ふと違和感が生まれた。 「負わなくてもいいなら……?」 「セリカ?」 「つまり相手は、王権全てをひっくり返す気で……?」 「そんなこと、民衆が望むだろうか」 セリカの独り言を拾ったキルシュは、すげなく首を横にふった。 「確かに、前陛下には不満を持つものは多かったろう。だが、陛下はそうじゃなかった。そこまでの革命を起こすには、何かが足らんよ。そこまで、逼迫した状況とか」 「民衆は、望まない、か」 「ああ、おそらくな」 キルシュの言葉を聞いたセリカが、途端に駈け出した。そのままの勢いで司法院を飛び出していく。 そんな友の背を見送るキルシュは、ひどく暗い表情をしていた。 |
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素材配布元:「神楽工房」様