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宮廷魔道士バロンが、ヨーゼフ王子に仕えるようになってから、十年以上の歳月が経つ。 その彼が思うに。 ヨーゼフという青年は、ある意味、面白みのない人間だった。 実のところ、その幼い頃の思い出とやらが意外なほど、彼は真面目に王子様をしている人間だ。それ以外のところで、彼が羽目を外すことなどほとんどない。 享楽的なことには、あまり興味を示さない。 チェスやカードの類も、その腕前だけはかなりのものだ。誘われればそれなりに相手もする。 だが、自分から始めることはなかった。 女遊びなど、もっての外だ。 嗜好品の類にも、ほとんど興味を示さない。 酒も勧められれば、口にするだけ。 その、あまりのストイックな性質に、臣下達は彼の母親を思い出すという。 実を言うと、バロンもそう感じる時がある。 王宮魔道士バロンは、元々、流浪の民の出身だ。 もっとも彼自身の記憶は、ファーシル国での日々がほとんどだ。幼い頃、父親と共に定住して以来、ずっとファーシル国に居を定めているバロンにとって、自国も帰る場所もこの国でしかない。 だが、今でこそ、その事実は普通に受け入れられているが、当初はけっして好意的なものではなかった。 その彼を、屈託なく受け入れてくれた御方。 それがかつての王妃だった。 王妃が亡くなる少し前、バロンは彼女と約束した。 彼女の息子を守ること、そして彼女の息子を支えていくこと。 その時まで、バロンは王子の名しか知らなかった。 王宮の深くで、王妃の手によって大事に育てられていたヨーゼフは、とても内気な王子で、他の者と関わりたがらないと噂に聞いていたからだ。 だから、王妃からその事実を聞いた時には、とても驚いた。 ヨーゼフが、城をこっそりと抜け出していること。そこで、平民の子供と遊んでいるらしい、ということ。 王妃は寛大な人間で、そのこと自体を咎めた訳ではなかった。 けれど、王子の身の安全を考えれば、そして今後の王子の行く末を思えば、それは容認出来ぬこと。 そう王子に説いて聞かせたという。 また、この出来事がきっかけで、王妃自身も、同じくらいの年頃の友人を持たぬ、いや、その立場からなかなか持つことの出来ぬ息子の境遇に気づき、バロンを側におくことを決めたのだ。 王妃は、最期の時まで、ヨーゼフのことを気にかけていた。 国母として、誰よりも愛されてきた彼女だが、真実の母として果たしてどこまで息子にしてやれたのか、と。 だからこそ、実を言えば、バロンは面白くなかったのだ。 恩あるその御方の心をかき乱す、考えなしのバカ息子。 そんな印象を持ったまま、引き合わされたヨーゼフは、想像とは大分違う、落ち着いた雰囲気の少年だった。 「ヨーゼフだ。宜しく、バロン」 自分よりも年下の王子様は、聖母のような笑みを湛えた、美少年だった。 その声が、屈託なく差し出された手が、バロンを一瞬にして魅了する。 ――ああ、そうだ。 あの御方に初めてお会いした時も、こんな風だった。 「どうしたの?」 バロンははっと我に返ると、あわてて言葉を探した。 「いえ、ああ、その。ええと、私の名前をご存じで」 「そりゃね。母上から、聞いているから」 にこりと笑うその表情は、いっそ子供らしいのに、何故か酷く大人びてみえた。 ヨーゼフに仕えるようになってから、三ヶ月ほど経ったバロンは、ふとある疑問を抱いた。 今ならば、逆に気づけなかったろうその問いは、バロン自身も子供だったからこそ、湧いたものだった。 そこで、思い切って聞いてしまったのだ。 「抜け、出さないのですね」 「……は?」 「あの、城を」 ぽかん、としたヨーゼフは、しばらく考えこんで、ぽんと手を打った。 「ああ、そうか。母上から聞いているんだったね、バロンは」 ばつの悪そうな顔をする彼を見てて、なんだか居心地の悪くなったことを覚えている。 とても無礼なことを聞いた、という意識は、あの頃のバロンにもあった。 けれど、ヨーゼフはそれを咎めることなく、バロンの問いに応えてくれた。 とても予想外の返答。 「そうだね。会いたい、と思うことはあるよ」 「会い、たい……?」 うん、と照れたように頷いて、ヨーゼフはするりと視線をそらした。 「でも今は、やらなきゃいけないことがあるから」 その言葉がとても必死で、本当に本当に我慢していることが分かってしまって。 なんだか、どうしようもなく悲しくなってしまった。 あれから、十年以上の月日が経った今ならば、見えるものもあるし、分かることもある。 子供だったバロンには、分からなかった。 あの時、ヨーゼフが抱えていたもの。外へと出ていった訳。 多くの歳月を経て、バロンはヨーゼフという人間を知り、そして彼の人生を共に過ごすことで、痛いほどそのことを知った。 人には、その人にしか見えない、世界が広がっているのだ、と。 |
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素材配布元:「神楽工房」様