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後日、法廷で明らかにされていく事実は、傍聴人を驚かせ、憤りを湧かせるには十分な内容だった。 盗品を流した店主が、実は寵姫と繋がっていること。そして、彼女の浪費癖も暴露され、自分で売ったのではないかとほのめかせる出費の数々。 何より、この二人の証言以外、何の証拠もないのだ。盗品を売った金の使い道さえ分からない。 開廷前の、世論は五分五分。それを、庶民の下馬評では、無罪と言わしめるほどにひっくり返した。だが、相手が王の寵姫ともなれば、圧倒的に被告人が不利だ。 誰もが見守る中、裁判官席に、その男が姿を見せた。 帽子に隠されたせいで、顔は良く見えなかった。ただ、アリュードと同じくらいの年だろう。ほっそりとした外見は、妹のキャスリンと通じるものがあった。 黒いマントと、礼服で固めた袖口から覗く白のシャツは、ぴしりと糊が利いている。最高裁判官の証である、銀のバッチが胸元で光るのが遠目にも見えた。 「それでは、これより開廷します」 淡々と告げると、その手を軽く挙げ、槌を軽く数回振り下ろした。その度にカフスボタンがきらめく。 基本的にこの国の裁判は、裁判官が事件について判じるという、簡素なものである。他国と比べても、お粗末だが、その代わり、早くすむのが利点か。 もっとも、それだけに裁判官の資質が大きく問われるが。 「では、審議を始めます。被告人は前へ」 するりと耳に入ってくる声は。キャスリンのそれよりも低い声は、抵抗なくヨーゼフの中に入り込んできた。 ふいに、内の衝動が目覚める。 (――何だろう) もっと、聞いていたい。そんな気にさせる。 美しい声が、朗々と響く。時に低くひそめるように、そして時に優しく諭すような抑揚に包まれていると、不思議と心が温かくなるようだ。 生涯、ただ一人にしか恋をしないと誓ったはずだった。そんな誓いが心苦しく思うほど、その声に惹きつけられる。 審議中の物事など、何も頭に入ってこなかった。罪悪感こそ、どこかにあるものの、その声だけがヨーゼフを引き付けていた。 「殿下」 袖を引かれ、ヨーゼフは我に返った。段上の黒衣の人は、再びその声を響かせる。 「判決を申し渡します」 凛と張った声に、心拍が盛りあがる。そしてその人は、堂々と言い放った。 「被告人を、無罪とする」 場内に、喝采が湧き起こった。軽く槌を打ち、場内に静寂を取り戻すと、彼は淡々と理由を述べていく。 悔しげに拳を握る女が見えた。その後ろで、不穏な動きをする男達も目に入った。横のバロンはそちらに注意を向けていたが、肝心のヨーゼフはといえば、その裁判官に釘づけになっていた。 審判の終わりが告げられ、多くの観衆が席を立ち法廷を辞す中、呆然と動けずにいたヨーゼフの視界の中で、彼の指がそっと頭上に掲げられた。 ほっそりとした指が、式帽を取った。 柔らかい黒髪が額に下りた。形良い鼻筋を描く横顔が露わになり、鋭い闇色の瞳が長い睫から姿を見せた。彼は周囲を一瞥し、そして軽く目を伏せる。 目があったような気がしたが、それは錯覚だろう。彼はヨーゼフに気づくことなく、平然と席を立つと、奥の扉へと消えていった。 「いやぁ、こうして見ると、キャスリン嬢に良く似た美丈夫だ。アリュード殿も裁判官にしておくのが勿体無いような顔でしたが、あれもまた別嬪さんですな」 「――彼だ」 「え?」 「絶対に間違いない。彼こそ、僕の王妃だ」 呑気に顎を撫ぜていたバロンが、ぽかんと口を開けた。普段はひょうひょうとしたところのある男だが、さすがに驚いたようだ。慌てたように、両手を挙げる。 「ちょ、ちょっと待って下さい。彼は男ですよ?」 「だから、性別も分からんと言ったろうが」 「勘弁して下さいよ! ただキャスリン嬢と似ているから、そう思うだけですよ。やっぱり貴方の運命の娘は、彼女なんです。彼女に振られてしまった今、諦めて別の相手を」 「違う!」 語気荒く否定する。 「違う……キャスリンに似ているんじゃない。キャスリンが、彼に似ていたんだ」 彼女が話す度に湧いた違和感。スカーフで子供の荷物をまとめていた、あの器用すぎる指を見た瞬間、何かが違うと感じた。それでも断言できなかったのは、時折透ける恋人の面影。 あれは、彼女の中にある、兄との共通項だったのだろう。 王子の剣幕に怯んでいたバロンは、しばらく決まり悪そうに前髪をいじっていた。だが、王子が主張を変える気がないのを見ぬいたのだろう。ため息混じりに、息をつく。 「だったら、確かめてみて下さいよ。それで当たりなら、俺は全面的に応援しますぜ」 不満そうにだが、そう譲った。 |
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素材配布元:「神楽工房」様