召喚術師はその力の大きさゆえ、生まれ出るその時に、母親を死の危機に晒すと言われている。

 僕もまた、そうやって生まれてきた。
 でも、それに罪悪感は抱かない。
 だって、そんなことをしたら、それを覚悟の上で、生んで下さった母上に申し訳がたたないから。
 僕にはそのことを告げず、生まれてきて良かったのだ、と慈しんでくれた父上や兄上達にも悪いから。
 生まれてきた自分を責めるより、召喚術師としての力を使う為に生まれてきたのだ、と信じたい。
 だから僕は、自分を恥じない。
「どうか、思い止まって下さい、フリージオ様」
 袖を引いた従者の手を、僕は冷たく突き離す。その瞬間、顔を歪めてうつむいたリオンを見てしまい、胸が詰まるような思いに襲われた。
 そっと、両手で頭を抱える。
「ごめんね、リオデラート」
 愛称でなく、本名で呼んだのは、これが決別の場面だから。
 今まで仕えてくれていたリオンだ。仕事を越えて、僕に従ってくれていた彼に対して、こんな風に終わらせるのは、あまりに冷た過ぎると分かっていた。
 それでも彼に、僕を振り切らせなくてはならない。
 僕に未来を見通す力などない。だけど、この目に浮かぶ未来の為に、出来る限りの事をする義務が僕にはある。
「きっと僕のこの選択は、君達にも残酷な選択を強いると思う」
 近くて遠い将来、僕の身体に囚われる魂。
 死した魂、けれどもここに降りてきて、目の前に存在するその人に、君達は多くの迷いと悲しみを抱えるだろう。
 君達は、とても優しいから。
「だけど忘れないで」
 万感の思いを込めて、未来の彼等に伝わることを祈って、僕はその言葉を託す。
「それでも僕は、君達の幸せを願っていることを」
 クレオにも、リオンにも、シェスタにも。そして――

 異世界の勇者よ。
 君の旅路に、幸多からんことを。



 幸せだったんだよ、僕は。
 そっと目を開け、心配そうに見下ろす青い瞳を見つける。
「……シェスタ」
 その名を呼ぶと、一瞬だけその目が優しく緩んだ。けれどもすぐに、きつい光へと取って代わられる。
「情けない。自分の健康管理も出来ないのか」
「……悪いね。思い付いたら黙っていられない性質なんで」
 そう返しつつ、僕は枕元の時計を見た。
 窓から差し込む日の入り加減から見て、既に一日以上は経っているだろう。シェスタに問うたところ、丸一日寝込んでいたらしい。
 シェスタが差し出してきた水を飲みながら、僕はそっともう一人の騎士の姿を探した。
「クレオは?」
「ああ、ヤツならまたどこかへ出かけたぞ。大分、心配していたが」
 一旦、言葉を切ると、シェスタは少し意地の悪い、なんとも魅惑的な笑みを浮かべた。
「目覚めた時、自分がいたら、また気絶するといけないから、と言ってね。私に任せていった」
「うっ!」
 意識を失う前のことを思い出し、僕はむせ返った。シェスタが同情に耐えぬという顔で、わざとらしく首を振っている。
「お前も酷い男だなー」
「いや、誤解だ。別にクレオの顔に驚いて、気絶した訳じゃないんだよ。ただ、何というか」
「私に言い訳されても困る。当人にそう言ってやれ」
 頭を抱えた僕に、決定的な一言が降ってくる。
「相当、傷ついていたみたいだったぞ」
 それはそうだろうなぁ、と頷きながら、僕はちらりと彼女を見上げた。
 うあ、他人事だと思って、面白がってる顔だよ、この人は。
「楽しげだなぁ、シェスタさん」
「ふふっ、今までクレオに助けられて、恋におちた人間はいくらでもいたが、気絶した奴なんていうのは初めてだからね。普段が色男だけに、哀れだったな」
「そう言いながら笑ってるんだから、ひでー同僚」
「たまには良い経験だ」
 そう笑うシェスタからは、クレオへの悪意は微塵も感じられなくて、むしろその悪友関係を楽しんでいる具合が良く伝わってくる。
 本当に可愛い美人なんだな、この人は。
 彼女が笑えば笑うほど、それが良く分かって、あの時、シェスタを必死で止めた兵士の気持ちが身にしみて感じられる。
 この姿が、元々の彼女なら。
 あんな風に変わるところなんて、見たくないよな。
「……なんだ」
 こちらの視線に気づいたのか、少しだけ棘のある口調に戻った。でも、まだ消えない頬の赤みが、僕に笑って首を横に振らせる。
「いいや、何でもない」
 僕に、それ以上何が言えただろう。
 この顔で、この姿で、彼女を苦しめている元凶が、沈黙以上の何をしてやれるというんだ。
「そういえば」
 唐突に、シェスタが話題をふってきた。重くなった空気に、耐えられなくなったのかもしれない。
「あの辺りで、奇妙なことがあったんだ」
「奇妙なこと?」
「ああ」
 シェスタが語ったところによると、彼女が死者達に襲われていた場所から程近いところにある小さな小屋。誰からも忘れられたようなその場所で、不思議な光景を見たのだという。
 それは、眠ったまま動かない、一人の老人だった。
 まるで死んでいるかのように見えたのだが、心臓がきちんと動いているのを確認し、ほっと安堵したそうだ。
 けれども、そこまで近づいて確認したのに、ぴくりとも動かない。
 不安に思い、医者を呼ぼうと小屋を出たところで、死人がえりの群れに遭遇した。
「後で、医者に相談してみたんだけど」
「で、医師の見立ては?」
「村人の中で、そんな場所に住んでいる人などいない、と言われた」
 確かに怪しい話だ。話を聞き終えた僕は、改めてその可能性を確認する。
「それが核なのかな」
「多分、そうなんじゃないかと私は睨んでいるが」
 じゃあ、早速と立ちあがりかけた僕の胸元を、ぐいと寝台に押し戻す。
「今日はいい。もう目処はついたんだ。焦ることはないんだから」
 シェスタの言葉に、ふと僕は引っかかるものを覚えた。まじまじと彼女を見つめると、うるさげに手を上下させ、大きく咳払いなどする。
「大体、お前は基礎からしてなっていないんだ。騎士にしろ、召喚術師にしろ、万全の体調を保つことが全ての基本だぞ。そうでなければ、任務は果たせないからな」
「へーへー……」
「真面目に聞け! 第一、お前はだな。クレオの言ったことを無視して、勝手に行動するという……」
 ぐだぐだと続くシェスタの冗長な文句を聞き流しながら、僕はこっそりと苦笑いをしていた。
 ――君達は、とても優しいから。
 夢の中で聞いた声をかみ締め、僕はそっと胸に手を当てた。



 時々、自分が自分でなくなるような気がする。
 身体から流れ込んでくるフリージオ王子の記憶が、どんどん僕の魂を塗り替えていくような心地に囚われる。
 たとえば、あの少年に会った時のこととか。

 彼が召喚術師だと分かった途端、すぐに保護しなくては、という考えが働いた。
 それは召喚術師が、この地方では禁忌の存在である、という事実を知っていたからだ。
 当然、異世界からやってきたばかりの山崎隆二に、そんな知識があるはずもない。だが、気づけば当たり前のように、僕の中にそんな認識があった。

 召喚術師は、胎児の頃にその才能を授かっている。
 胎内にいる時から強大な魔力を持つ彼らは、母体に負担をかけ過ぎる。それに耐えられる母親は、決して多くはない。
 出産とは常に危険を伴うものだ。通常でも、母親の生存率が九割を越えることはない。
 だが、母親の生存率がわずか一割という召喚術師の例は、人々に忌避感を与えてしまう。
 一部の地方で、召喚術師が忌み嫌われ、迫害の対象になっている辺りには、そうした背景があるのだ。

 けれども、そうした子供達を、この世界を支える魔女達は決して見捨てない。
 たとえば森へ追われた召喚術師であれば、そのまま魔女がある程度の年まで育ててくれる。殺されかけ、それでも死ななかった子供であれば、魔女が必ず拾い上げてくれる。
 そうして生き残った召喚術師達が、上手く王都の人間の目にとまるまで、魔女は彼等を守ってくれるのだ。
 僕は彼を見つけた。だから、保護しなければならない。

 そんな過程が、特に考えるでもなく、ふっと心に浮かんでくるのだ。
「魔女」
 召喚術を使う時、僕が力を借りる存在。
「白の魔女」
 世界の長でありながら、この世界に呪いをかけ、王子達を死に到らしめた存在。
「黒の魔女」
 白の対極に位置し、禁忌とされながらも、フリージオ王子に力を貸してくれた存在。
 僕自身はほとんど理解していなかった単語が、すらすらと心に浮かんでくる。それがどんな存在なのか、僕は既に知っている。
 そして、僕は。
「貴方の存在を感じることが出来る」
 誰もいないように見える部屋。暗闇が支配するこの場所に感じられる、もう一つの息吹。
「来ているんだろう、森の魔女。そろそろ、説明してくれても良いんじゃないか。君の愛息子の為にも」
 闇に、新緑の季節を思わせる風が吹き込んだ。
「はじめまして、リュージ。久しぶりです、フリージオ」
 木霊のように、微妙な重なりをみせる声は、少しくぐもっていて聞き取りにくいが、とても優しい響きをしている。
 この声を知っている。僕ではなく、僕に流れこむ意識が、この声のことを憶えている。
 僕なのか、それともフリージオなのか。赤髪をした召喚術師は、魔女に問いかける。
「あの黒衣の男は誰だ。何故、生前のリュージと同じ姿をしている」
「貴方の目には、そのように見えたのですね」
「……本当は、違うと?」
 しばらく、間があった。
「貴方にとって、死とは何ですか」
「はぐらかさないでくれ。それでは答えになっていない」
「それが答えです」
 きっぱりと返すと、説明不足だと思ったのだろう。魔女は説明を付け加える。
「この地にかけられた呪いは厄介です。ここには召喚術師がいる」
 分かりますね、と念を押され、僕はこくりと頷いた。
「召喚術師には……魔女の呪いが効かない」
「そうです」
 魔女の力を使う召喚術師には、多少なりとも、その力に耐性がある。だからこの地にかけられた呪いも、彼の目を誤魔化しきることは出来ないはずなのだ。
 そのことを指摘すると、彼女は小さく吐息を洩らした。
「そうですね、分かっていたでしょう。けれど、あの子には言えなかった。あの子の盲点に、核がある。そして、そのことに気づいた核は、それを利用すれば、召喚術師の目も欺けるのだと考えた」
「え……?」
「分かりませんか」
 その声は、叱責ではなく、哀れみのこもったものだった。
「召喚術師は、確かに強大な力を操れる存在。けれども、召喚術師はしょせん、人間でしかありません。人間には、必ず弱い部分があります。そんな弱さから、無意識の内に目をそらしている」
 僕の弱さ。僕が目をそらしているもの。
 彼は山崎隆二の姿を取った。それは、僕が無意識に考えないようにしていること。
 浮かんだ答えを、魔女は無機質な声で突きつけてきた。
「貴方にとって、一番認めたくないもの。目の前にあっても、気づきにくい盲点。それが、黒衣の男の正体です」

 しばらく、間があった。
 僕はじっと考え、重たい腰を上げた。
「つまり、彼が核だったんだな」
「リュージ」
 傍らの上着を取り、手早く袖を通す。クレオを起こそうか迷ったが、その前にやらなければならないことがある。
 その場に、クレオにいて欲しくはなかった。
 逃避なのだ、と今ならはっきりと分かる。
 悪いとは思っている。けれども、クレオに召喚術を使うところを見せたくはない。フリージオを思わせるものは、どうしても彼の前に晒したくない。
 それはクレオの為じゃない。僕のわがままだ。
「どうするのですか、リュージ」
「どうするもこうするもあるかよ。俺がここに来た理由は一つしかないんだし」
 召喚術を編みあげ、発動させる瞬間。僕はちらりと窓の方を振りかえった。
 ここから、彼等を見た。
 言い訳がましくなるけれど、彼を核だと断定できなかったのは、二人が恋人同士にしか見えなかったからだ。
「盲点、か」
 風の魔女よ、と呟いて、彼の元へ飛ぼうとした瞬間、僕は誰かの声が流れ込んでくるのを感じた。



 どうしても、彼に会いたかった。だから、あの時、こっそりと自室を抜け出して、エルネスト兄様の部屋へ行ってしまった。

 息をひそめて、時が過ぎるのを待つ。
 苦しい体勢なのに、何故かわくわくしている自分に、ちょっとだけ反省する。
(でも、作法の時間ってつまんないんだもんな)
 王子として、様々なことを身につけなければならないことは分かっているが、僕にだって息抜きしたい時がある。
 それに、クレオが来ていると聞いては、じっとしていられないじゃないか。

 クレオは、ワイバーンズの騎士団にいる若い竜騎士だ。
 この前、エルネスト兄様のお供でワイバーンズに行った時に、一時的に僕の世話役……つまり従騎士の役目をしてくれた人だった。竜に乗せてもらったり、竜の生態について話してもらったり、と色々、良くしてもらった。
 後で聞けば、クレオはシェスタの遠い親戚に当たり、リオンの学友でもあるのだとか。リオンの学友ということは、つまりエルネスト兄様の後輩でもある訳だ。
 あまり親しくはないようだったけれど、エルネスト兄様との面識はあったようだ。あちらに滞在している間、僕の世話役にされたのも、その辺りが理由なのだろう。
 うがった見方をすれば、縁があるのを理由に、厄介な子供の世話を押しつけられた、という感もあったのだけど、少なくともクレオはいやな顔一つ見せはしなかったし、損だと考えている様子もなかった。
 それに王子である僕に対しても、全く気取らない人だったし。
 そんな彼に惚れこんでしまった僕は、ワイバーンズを離れる時は寂しくて、王都に来ないかと誘ったのだけど、クレオが困った顔をしているのを見るとそれ以上のわがままは言えなかった。
 たまに王都へ出ることもある、というクレオの言葉に、また会えますように、という希望を託して。

 そんな願いが叶ったのだ。ここで呑気に作法なんて学んでいて、クレオが帰ってしまったら、僕は後悔するに違いない。
 クレオはどうやら、エルネスト兄様に用が、それもかなり微妙な用件があるようで、執務室にこもっている。
 出てきたところを待ち伏せようと思っていたのだが、廊下は人目につく。どうしようか、と考えた時、エルネスト兄様の私室にある暖炉のことを思い出したのだ。
 実は、エルネスト兄様の部屋には、おかしな仕掛けがあった。
 私室と執務室に細工が施されており、私室の暖炉越しに、執務室の会話を聞くことが出来る。
 大分前に作られたらしい、この仕掛けを使えば、部屋に隠れながら、クレオが出てくるのを待つことが出来る。
 だけど、盗み聞きをするというのは、良心の咎めるものだった。
 それにこの仕掛け、逆に執務室から私室の会話を聞くことは出来ないが、それでもこちらの物音は伝わりやすい。暖炉の中でくしゃみでもすれば、一発で盗み聞きが分かってしまう。
 色々迷うところだったけど、やっぱりクレオに会いたい。
 そっと身をかがめ、暖炉の中にすぽりとはまる。
 隣りから、二人の声が流れてくる。
「質問の意味が良く分からないのだが」
 多分、これはクレオの声だ。そして、エルネスト兄様の声が応じる。
「つまり、圧倒的な力の差があるということは、人間にとって、恐怖でしかないということだ。それだけで、まるで違うもののように感じる」
「俺は、それを感じないとでも?」
「違うか」
「恐怖を感じない訳ではない。だが、諦めも悪い。それだけだ」
「それに、筋金入りのバカだしな?」
「否定はしない。恐怖を知り、危険には近づかないのが、賢い人間だ」
「それ、誰の言葉だ」
「……兄だ」
「やっぱりな。お前らしくないと思った」
 おや、と思った。
 クレオは確かに気取らぬ性格だったけれど、さすがにここまでくだけた話し方はしなかったような気がする。
 それはエルネスト兄様も同じだ。
 もちろん、二人が同じ学校の先輩後輩なら、さほど不自然なことではない。そこまで親しくない、と言っていたが、建前というものがある。やはり身分が身分だ、人前で親しげな態度を取るのを避けても、不自然ではない。
 でも二人の会話は、仲の良い友人同士というよりはむしろ、険悪にしか聞こえなかった。
「その考え方で言えば、俺はお前に無茶なことを頼んでいるのだろうな」
「無茶だとは思わない。だが、不可解だ」
「そうか? 無茶かもしれないが、そんなにおかしいことじゃないだろう」
「どこがだ。お前、分かっているのか。それは、俺に大事な大事な弟王子の護衛を任せるということだろう」
 えっ、と声にしかけて、あわてて口を手で押さえる。壁の向こうでは、クレオがまだ話を続けていた。
「確かにお前のいう通り、無茶かもしれない。召喚術師は、危険な存在だと思われている。それが現実だろう」
 ずきりと胸が痛んだ。
 王都で、理解のある人々に囲まれている僕だって、全く現実を知らないわけじゃない。自分の力がどんな風に思われているのか、薄々は気づいていた。
 けれど、それと今の話にどんな関係があるというのだろう。
 それは次のエルネスト兄様の返事で分かった。
「だから無茶を承知で、お前に頼むんだ。召喚術師を恐れないお前なら、フリージオの横に立つことが出来るだろう?」
「それは分かった。だが、大事なことを忘れていないか」
「大事なこと?」
「俺が王子に危害を加えないという確証がどこにある。お前にとって、俺ほど信頼出来ない相手もいないだろう。そんな相手に、弟の護衛を任せるというのか」
「お前に、フリージオを傷つけることは出来ないよ」
 その言葉は、傲慢過ぎるくらいの自信に満ちていた。
「クレオ。お前に子供が切れるのか。俺の弟というだけの、何も知らずに純粋にお前を慕っている子を」
 頭の中がぐるぐるしてきた。
 クレオが僕の護衛騎士に?
 でもクレオはエルネスト兄様と敵対していて、それを知った上でエルネスト兄様は、クレオを信頼しているのだと。
 どういうことなんだろう。
「それに、王都で騎士をする、というのは、お前にとっても魅力的な話だと思うがな」
「……何が言いたい」
「お前がいなくなれば、ワイバーンズ騎士団竜騎士隊の隊長は、揉めることなく決まる」
「そんなこと、言われなくても分かっている。いずれ、俺はあそこを出るつもりだ」
「なら、三ヶ月で良い。王都に来い」
「三ヶ月?」
「それ以上、俺の命令で縛りつけることは出来ないだろう、クレヴァリア」
 お前は、空を駆ける騎士なのだから。
 そう続けたエルネスト兄様の声は、心なしか苦い。だけど、悲しい感じはしなかった。
「三ヶ月経っても、フリージオに仕えるだけの価値を見出せないと判断したなら、任を降りてくれても構わない。騎士団を辞めて傭兵になるなり、別の騎士団へ異動するなり、好きにしたら良い」
「信頼、しているのだな」
「まぁな。クレオ、お前の気性はそれなりに呑み込んでいるつもりで……」
「そうじゃない」
 軽く、笑ったようだった。しばらく間があり、クレオの口調ががらりと変わる。
「ただフリージオ様の護衛騎士を欲しがるのなら、貴方はただ命ずれば宜しい。私はこのセブンズゲートの騎士。心がどうであれ、殿下のご命令に逆らうことは出来ません」
「…………」
「けれど、貴方はそうはなさるまい。命令などせずとも、誰もがフリージオ様のお人柄に惹きつけられると信じておられる」
 急にかしこまった話し方になる。
 その変化に、何となく結末という言葉が浮かんだ。
 何があるんだろう。この二人の間に、どんな諍いがあり、こういう形でクレオが終焉を告げる気になったのか。
 知りたいような気がした。けれども、知りたくないような気もした。

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