僕なりに、騎士団のあちこちを回って、状況を整理してみた。

 まずは、少年騎士ライ君の証言。
「僕よりも年下の子、ですか? ……ええっと、多分いないと思いますよ」
「騎士団には、ってことか?」
「町には、いるんじゃないですか。いないってことはないですよ」
 そう答えたものの、具体的に名前を挙げることは出来なかった。次に、弟や妹のことを聞いてみる。
「弟や妹……」
 ライはしばらく考え込んだ後、自信なさげに首を傾げた。
「いない、と思います」
「思うって……自分のことだろう」
「そうなんですけど。あ、やっぱりいませんよ」
 言い切ってみせたものの、やはりすっきりしない顔をしていた。

 次に、騎士団員を次々に捕まえて、雑談混じりに尋ねてみた。
「子供ぉ? いや、俺にはいないよ。結婚はしてるけどさ」
「うちは、ほら、男夫婦ですから。子供は出来ませんね」
「はー……」
 エルリックの言ったことは、誇張ではなかったようだ。騎士の何人かは、相手が同性だと明言し、子供がいないと答えた。
 だが、そうでない騎士に関しては、微妙な答えも多かった。
「子供……子供……ねぇ」
「おられるんですか?」
「うん、どうだろう。いたような、いなかったような」
「自分の子供でしょうが!」
「そうだよな。子供がいたら、思い出せないはず、ない……」
 いないと明言した騎士が数人。曖昧に首をひねる騎士が多数。

 続いて、独身者にはこんな質問もしてみた。
「弟や妹? あー、一人……うん、一人だ。一人、妹がいる」
「頼りない返事ですねー」
「うん……なんか、二人いたような気がするんだけど、顔を思い浮かべていくと、妹しかいなかったような」
 引き続き、こんな質問もしてみる。
「甥や姪かー……ああ、確かにオジ馬鹿っていうよな。え? 俺? 姉貴のところに……いや、まだ子供はいなかったかな、どうだろう」
 下の兄弟はいないと断言できた騎士が数名。数が合わないけれど、と申告した騎士数名。いないような気がする、と答えた騎士が数名。

 このままでは、埒があかないので、エルリックのところに談判しに行った。
「正直、部外者には見せたくないのだが」
 散々渋ったものの、こちらも強く粘ったところ、何とか許可を得ることが出来た。それでもしっかりと誓約書を書かせた上で、という辺り、エルリックの性格が現われている。
 そうして僕は、ようやく騎士団員の名簿を閲覧させてもらった。
 騎士達から聞き取った家族構成と照らし合わせ、僕は思わず天井を仰ぐ。
「どうした。そんな面白い事実でもあったか」
 興味半分、不安半分で声をかけてきたエルリックの鼻先に、一枚の書類をつきつけてやる。、
「エルリック。この騎士の家族構成は?」
「見れば分かるだろう」
「貴方に確認してもらいたいんだ」
 面倒くさそうに書類を受け取ったエルリックは、それでも律儀に目を走らせる。
「そうだな、一人っ子……ん? あいつ、弟がいたような気がしたが……」
 やはり。
 それを返してもらうと、僕は紙面を確認する。

 そこには、弟の欄が確かに記載されていたのだ。



「なるほどな」
 僕の調べた結果を報告すると、彼は感心したように何度も頷いた。
「凄いな、ここだけでそれだけの状況が分かるのか」
「それでクレオの方は」
「俺の方はそれほどの収獲はないが」
 そう断った上で、クレオは町の様子を語ってくれた。
「子供の姿が見当たらないし、誰に聞いてもここにはいない、でも他のところにはいるはずだ、という」
「つまり、前の町と違って、子供という概念はちゃんと生きているんだね」
「ああ、存在だけが抹消されている」
 頷き、クレオはこの町の地図を広げた。
「それで、子供に関係のありそうな場所だが、まず学校。孤児院。託児所」
「託児所なんてあるのか?」
 思わず、声をあげてしまった。するとクレオはきょとんとした顔で、首を傾げる。
「リュージの世界にはないのか。それでは、赤子を抱えた親はどうやって働いて、子供を養えば良いのだ」
「いや、託児所は一応あるけど」
 だが、この前時代的な世界にもあるとは思わなかった。
 ……などとは、口が裂けても言えない。
 第一、クレオの言葉など、現代日本でも先進的な部類だと思う。馬鹿にしていた自分を恥じるべきだ。
 僕が自省している間に、クレオは更に話を進めていた。
「公園も含めていいか。あと、産院と診療所」
「産院なんてあるの!」
 これにも驚いた。だが、クレオは驚くことなく、冷静に話を続ける。
「確かに産婆を呼ぶのが一般的だが、この町では、妊婦は妊娠が判明した段階で、産院のあるところに集まるのが自然なんだ。竜がいつでも飛べる状態とは限らないからな」
 そう言われると、納得出来た。
「ただ……かなり場所が飛んでいるんだが」
 沈黙が落ちた。僕は少し考え、にやりと笑みを浮かべてみせる。
「クレオ。意識のない人間を運ぶことは可能か?」
「不可能ではないが……何故」
「明日の朝、どうしても僕が飛べないようだったら、気絶させて運んでくれ」
 さすがに、クレオが顔を引きつらせた。だが、僕は畳みかけるように言葉を続ける。
「この程度のことをためらうなよ、クレオ。貴方の主君が命と引き換えに、手に入れた手段だ。それを有益に使うことだけ考えれば、大したことじゃない」
「しかしリュージ」
 クレオの顔には、苦悩が濃い。
 分かっている。優しいのだ、クレオは。だから、それを残酷と思わずに、最悪の選択をしようとしている。
 だから僕は、彼のタブーをあえてつきつけた。
「俺を人間だと思うな。この国を救う道具だと考えろ」
 だって俺は、その為に召喚されたのだから。



 騎士団の本部を出、僕はちょうど大地の切れ目に立った。
 深呼吸しながら、あの時のことを思い出す。
(怖くないんだ)
 電車の音。背中を押した手。最後に見た――少女の顔。
 背中に聞こえた足音に、ぎょっとして思わず体勢を崩した僕は、そのまま地のないところへとダイブしていた。
 振りかえりざまに見たのは、こちらに手を伸ばす男。
「リュージ!」
 がしっと腕が捕らえられた。片手一本で支えられながら、僕は頭上を振り仰ぐ。
「エルリック」
 必死の形相で、崖の縁から僕を支えてくれている人。今にも落ちそうな体勢に、ついに僕は口を開いた。
「あ……」
「俺は大丈夫だ」
 離してくれ、と懇願しそうになった僕に、彼は力強く言ってのける。
「だから絶対に離すなよ」
 こんな時なのに、僕は思わず泣き笑いを浮かべてしまった。
 馬鹿だ、この兄弟は。泣き喚きたいくらい、馬鹿なんだ。
「どうしたんです、リュージ!」
「手伝え、クレオ!」
 遠くから、クレオの声がした。兄の怒号にあわてて駆け付けた騎士は、声もかけずに息のあったタイミングで、僕を引っ張りあげてみせる。
 ぜいぜいと肩で息をする僕を気遣いながら、クレオは厳しい目を兄に向けた。
「兄さん、一体リュージに何をしたんですか」
 違うと言おうとした僕の口をふさぎ、エルリックが小馬鹿にしたように笑う。
「そんなに心配なら、始終ついて歩いていろ。マヌケ」
「マ……」
「あとリュージ。夜の一人歩きは背後に気をつけろよ」
 なんで、そういうことを言うかな、あんたは。
 ひらりと手をひるがえし、呆れる僕と憤る弟を置いて、彼はさっさと建物の方に戻ってしまう。残された僕達は気まずい沈黙を経験した。
「すまなかった、リュージ」
 クレオが深く頭を下げるのを、無理に上げさせ、僕は思い切って聞いてみることにした。
「あのさ、クレオって、兄貴のこと、どう思ってるの」
 彼は一瞬、言葉を詰まらせた。そして複雑そうに目を伏せ、小声で呟く。
「……申し訳ない」
「違うよ、クレオ。あんた、誤解してるって」
 はっと上げた目に、僕はきっぱりと言ってやる。
「エルリックは俺を助けようとしてくれただけなんだよ」
「え……?」
「お前、先走り過ぎ」
 そうか、と肩の力を抜き、クレオは安堵の表情を浮かべた。そんな反応で、確信する。
 クレオは多分、兄を嫌ってはいない。むしろその逆だ。
「だけどあの人も、癖のある人だよな、つくづく」
「今のことがあったから言う訳ではないが、あの人はとにかく誤解されやすい人なんだ」
「だろうなぁ」
 あの態度では、誤解されても仕方がないだろう。
 クレオの早とちりがあったにせよ、当事者の僕がいるのだ、黙っていればすぐに解けたものを、好んでややこしくしているようにさえ見える。
「素直じゃない上に、偽悪ぶるところがある。そして言葉が足りない。おまけに少し僻みっぽいし、愚痴っぽいな。つまり、いらない話ばかりが長いんだ、あの人は」
「うん、それは分かる」
「そういうところに苛立つこともあるんだが」
 でも、と少しだけ照れたように目を伏せながらも、彼ははっきりという。
「俺にとっては、自慢の兄でもあるんだ」
 素直に、大切なものを大切と認められる、真っ直ぐなクレオ。
 そんなひた向きさが、僕には少しだけ眩しくさえあった。

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