第二話:子供が消える谷


 どうも気まずい。
 もちろん、僕は謝ったし、クレオも快く許してくれたが。
 だが、どうしてもきまりの悪さが残るのは、仕方のないことだった。
「リュージ」
 だから、彼に名を呼ばれた時、ややわざとらしい返答になったのは否めない。だが、クレオは気にする様子もなく、僕に尋ねてきた。
「次の町では、何がなくなっているんだ」
「あれ? クレオは知らないんですか」
「ああ……すまない。聞きそびれてしまった」
 申し訳なさそうに肩をすぼめるクレオに、つい苦笑してしまう。
 この人は本当に幼い。
「次の町では、子供が消えたんだそうです」
「子供が? それなら一大事だろう。そういう話は聞いていないが……」
「その辺りが呪いだと思いますけどね」
 この前の時だって、人々には名前を失った自覚がなかった。おそらく今回もそういうことなのだろう。
 そう言うと、クレオは感心したように頷いた。
「リュージは頭がいいな」
 思わずがくりと肩を落とす。
「別に……普通のことだよ」
「そうだろうか」
 他の人間に言われたなら、僕はからかわれていると思ったろうが、クレオは別だ。彼は冗談は口にしないし、僕よりも年上なのにずいぶんと素直だ。おそらく本気で言っているに違いない。
 だが、こんなんで、世の中を渡っていけるのやら。
 そうぼやいた後、僕はふとそのことに気づいた。
「ああ、そうか」
「ん? どうかしたか」
「いや……」
 忘れていたが、ここは異世界なのだ。
 リオデラートの話を聞く限り、ここは統一国家の世界だ。他国との戦争もないし、複雑な国際関係もなく、当然のことながら経済活動も原始的なものだ。
 生まれながらにして、人は既にあらかたの運命を決められてしまっている。
 それは窮屈なことだけど、でも肩を張って、己の場を探し求める必要がない。だからクレオは、そこまで摩耗せずに済んでいるという訳だ。
(だけど――)
 ちらりとクレオを見るが、彼は何か別のことに頭がいっているようだ。ぼんやりと窓の外を眺めたまま、僕の視線には気づかずにいる。
 その横顔が、普段のとぼけたものとは違っている。
 寂しげで、そのくせ、自分の心を拒絶するような、複雑な顔色。
 本当は僕も気づいている。決して見せないよう、口にしないよう、必死に自我を張っているけれども、正直な彼は隠し切れていない。
 多分、クレオはまだ――

 僕の中に、王子の影を探している。



 鳥よりも大きな、それこそ動物園でしか耳にしたことのないような咆哮が聞こえる。
「竜を見るのは初めてですか」
 クレオはそう言ってから、あわてて言い直す。
「竜を見るのは初めてか?」
 僕は苦笑いをしながら、一つ頷いた。
「隊長! お久しぶりです!」
 先ほどから、何度目かになる声をかけられ、クレオは困惑半分、照れ半分で片手をあげる。途中までは僕に気兼ねをしていたものの、気にするなと言ってからは素直に応じているようだった。
 ここがクレオの故郷だと知ったのは、この町についてからのことだった。別に隠していた訳ではなく、どうやらここに到着するまで、目的地を知らなかったらしい。
 何とも頼りないお供だが、全てのお膳立てをリオデラートがやってくれた為の安心感だろう。どこか反発しあいながらも、深い信頼で結ばれている。そんな感じがする。
「飛竜都市、ワイバールズ。リオデラートからはそう聞いたけど」
「王都ではそう呼ばれているようだが」
「じゃあ、ここの人達はなんて呼ぶんだ」
 ちらりと横を見、僕はそっと足を後ろにひいた。その様子を見て、クレオはおかしそうに笑う。
「ここの移動手段はワイバーン……飛竜によって、支えられている。見ての通り、集落の一つ一つが宙に浮く岩盤や、山脈に点在しているので、人間の足で動くのは難しい」
「みたいだな」
「その様子を見、王都の者は飛竜都市と名付けた。けれど地元の者は、アナスタシア、という昔からの呼称で通している」
 クレオの説明を聞きながら、僕はこの高みからは見えない、遥か地上を思い描いて身震いする。
「で、でさぁ。ひとまず、これからどうしようか」
「そうだな。ここには宿屋もないし、飛竜騎士団の詰め所を中心に動いた方が良さそうだ」
「詰め所って……ここだよな」
「ああ、本部はここだ。王都と地続きの場所にあった方が、何かと都合がいいからな」
 それを聞いて安心した。竜に乗れと言われたら、さすがに少し怖い。
 しかしクレオには、そんな心中は気づかれずに済んだようだ。いたってのほほんと、遠くの場所を指し示してみたりする。
「もっとも、いざ戦となれば、ここを離れてあの中央の飛石に移動するんだが」
「へー……」
 相づちを打ちながら、僕はあることに気づいた。
「ひょっとして、ここって難攻不落の場所って言う?」
「比較的、落としにくいかもしれない」
 あっさりと言ってのけた。僕はその無造作な物言いに呆れつつ、空を見上げる。
 舞う飛竜の姿が、少しだけ怖かった。

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