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バロンが主君の元に駆けつけた時、彼は周囲を護衛の騎士に固め、端の方で事の成り行きを眺めていた。 「ヨーゼフ」 厳しくしかめられた顔が、普段の柔和なものに変わる。 けれどバロンは、それを素直に喜べなかった。 「大丈夫だ、バロン。怪我はしていない」 なだめるような声が、まるで強がりにしか聞こえない。 けれど、それ以上を言えず黙り込むバロンの背後から、凛とした声が響いた。 「貴方の、大丈夫、は誰に対してのものですか」 途端、ヨーゼフの表情が変わった。 「ビバルディ裁判官」 え、と思わずヨーゼフを見てしまう。 対する黒衣の裁判官は、わずかに眉をひそめた後、淡々とした口調で問う。 「……嘘はないですね?」 「何が嘘だと?」 「怪我はなさらなかったのですね?」 「嘘をつく理由がないだろう」 「貴方なら、そういう嘘をつきかねない」 「それはそれは、ずいぶん、夢を見られたものだね。命を狙われた後まで、寛大になる理由などないのだけど」 「反逆者に対しては、そうでしょうね」 「ああ、そうだ。殺すのも殺されるのも、全てが納得の上ならば、悲劇とは言い難い」 腕を組んだまま、王子の一挙一動に視線を送るキルシュ・ビバルディ。そして、その視線を受け止めてもなお、不敵な笑みを崩さぬヨーゼフ。 そこに、幼い頃の友愛など欠片も見られなかった。 あるのはただ、二つの勢力の縮図。 「悲劇とは、己の手の届かないところで起こることだよ」 「その定義によるならば、貴方が嘘をつく理由はある」 「ほう?」 「第一王位継承者に怪我を負わせたとなれば、本人のみならず血族全てに類が及ぶ」 「……それは、理由にならない」 「だが、本人の咎ではない」 キルシュの言葉に、ヨーゼフはほんの少しだけ、表情を消した。だがすぐに、首を横に振る。 「家族ならば、手の届かないものとは言い難い」 「子供は、親を選べない」 一瞬の間。 ふっとヨーゼフは、嘲るように笑った。 「それもまた運命だ」 「……殿下、貴方は……っ」 「陛下!」 更に言い募ろうとしたキルシュを遮るように、護衛の兵士が駆け込んでくる。 「父上が……?」 眉をひそめたヨーゼフの前に額ずいた兵士が、告げる。 「ご即位、おめでとうございます、ヨーゼフ国王陛下」 キルシュが大きく目を見開く。そしてヨーゼフもまた、茫然と兵士を見下ろし、労いの言葉すら忘れている。 そんな二人の、そしてバロンの耳に、大きな歓声がとどろく。 「国王、崩御! 新国王、万歳!」 大きな音の洪水は、留まることなく、街中に響き渡った。 仕事を終え、キルシュは早足で、執務室への道を行く。 弔意を示す為に、灯りを減らした司法院の廊下は、いつもより薄暗いが、行きかう裁判官達の表情には、あまり気鬱の色はない。 その代わり、緊張だけがある。 執務室の扉を開いたキルシュは、無人の室内をぐるりと見回し、ふっと目を伏せた。 「……キルシュさん」 はっと振り返ったキルシュは、そのまま表情を和ませる。 「ああ、ラヴァンか」 少年は、彼をまじまじと見つめた後、ため息をついた。 「疲れてるね、キルシュさん」 「ああ、相当ね」 「……うん」 ごめんね、と小さく付け加えるラヴァンに、面食らう。 「どうして謝るんだ」 「こんな時なのに、僕は、全く力になれそうにないから」 「気にしなくていい。畑違いだよ」 「そうかな?」 「そうだろう。探偵は真実の為に、事件を追うのが仕事だ。今回は」 「事態を収束させる為の、交渉、でしょ?」 ふっとキルシュの目が細くなった。見つめ返すラヴァンは、淡々と告げる。 「だから、僕は必要ない」 「……ああ」 「僕はね、法とか国とかどうでもいいんだ。ただ、真実を欲しがる人間がいるから、動く。そういう風にしてきて、だからキルシュさんにも協力してきた」 「……ああ」 「ずっとそうだったもの。だから、これからも変わらないよ」 何が言いたいのだ、とキルシュは眉を寄せる。 だが、自分を見つめるラヴァンの目に浮かぶものに、彼は言葉を失う。 「変わらないよ。変わりっこないんだ」 「ラヴァン……」 「貴方が何を思っていたって! アリュードさんとは違ったって! 貴方だって……っ」 キルシュはたまらず、彼の頭をそっと寄せた。 「分かった、分かったから」 だから泣くな。 そう頭を押さえれば、彼は子供のようにしがみついて、わんわんと泣き始める。 子供の様。いや、彼はまだ子供だ。 それでも、彼は、無知ではいられない。 胸を過ぎる痛みが、キルシュの中に重たく淀む。 「俺もまた、変わった、のか」 「え?」 彼は答えず、ただ曖昧に微笑んでみせた。 |
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素材配布元:「神楽工房」様