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司法の庭を、仏頂面の裁判官が行く。いつもにもまして愛想のない顔は、元の美しさとあいまって、近寄り難い空気をかもしだしている。 頭を押さえたまま、彼は痛みを堪えるような顔をした。一歩一歩の足取りが重い。 「キルシュ! 聞いたか、おい!」 廊下に響き渡った声に、彼は一層、顔を歪ませた。よろよろと壁に手をつきながら、 「何の騒ぎです」 声だけは、威厳を保ってみせた。そんな不調にも気づかないのか、駈け付けてきた同僚は、面白がるような様子で付け加える。 「王子様がご結婚なさるそうだ」 「どなたとです」 「知らん。ただ、噂によると、どうやら、初恋の君を見つけたらしい。いやぁ、純粋一途もようやく実るとほのぼのしちゃうよな」 「しません!」 噛みつきそうな顔で怒鳴った彼に、皆はあっけに取られた。 「どうしたんだ、キルシュ」 そこに、ちょうど声を聞きつけたアリュードがやってきた。 「どうして……どうして僕がこんな目に」 「お、おい? 昨日の裁判の件なら、ヨーゼフ殿下のお取り成しで、事が収まったそうじゃないか」 怪訝に思い、肩に手をかけて覗きこんだアリュードは、ぎょっと身を硬くした。 「ふふふ、君という人は」 「え? ええ?」 「金輪際、僕の前であの馬鹿王子の名など出すな!」 がん、と肩の手を払いのけると、彼らしくもない大股で去っていく。時折、こめかみを押さえながらも、彼は足を止めなかった。 「キ、キルシュー?」 困ったのは、残された面々だ。アリュードとセリカの悪友同士は、顔を見合わせる。 「どうしたんだろう」 「やっぱり、キャスリンのことを引きずってるのかねぇ。ま、殿下に遊ばれた形になって、不快だろうけど、アリュードとの縁談もまとまったってのに」 「うーん……」 アリュードは首を傾げた。 「なんか、そーいう感じでもなさそうだけど」 キルシュの去った方向からやってきた男が、すれ違いざまにそんな会話を聞き、小さく笑った。彼等の横をすり抜けるようにして、反対側の通路へと向かう。 ちょうど司法院を出たところで、彼を呼びとめる声があった。 「サーシャル殿!」 振り向いた若き一大臣は、近づいてくる男を見て、目を細める。 「おや、バロン様。宮廷魔道士様から、お声をかけて頂けるとは、光栄ですな」 「嫌味ですかな、それは」 「いいえ、本心ですとも」 気持ちのこもらぬ声で言う。ポーカーフェイスを守る青年に、バロンは一言だけ告げた。 「例の件、貴方が裏から手を回したんだそうですな」 一旦、足が止まった。しばらくバロンと睨み合いを続けた後、肩を落とした。 「司法院と馴れ合うつもりはありません。権力者が法を乱用してはならないのです。その前提が守られるよう、尽力しただけのこと」 それだけです、と答えると、彼は背を向けた。だが、ふと思い出したように、こんな言葉を付け加える。 「しかしキルシュ殿のことに口を挟むつもりはありません。まだ、馬に蹴られて死にたくはありませんからな」 それを聞いたバロンは、ぶっと吹き出す。平然と歩き出すサーシャルの背は、心なしか笑っているようにも見えた。 |
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素材配布元:「神楽工房」様