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ふと、キルシュは身を起こした。 「誰だ?」 無人の間に問いかけた途端、居間のカーテンが揺れた。その布を、キルシュの手から飛んだナイフが貫く。 「わっ! ちょ、ちょっと待て!」 「誰だと聞いている」 「答える! 答えるから、待ってくれ」 カーテンの陰から転がり出てきた男は、恨めしげに彼を見上げ、ぼやいた。 「ったく、乱暴だなぁ、見かけによらず」 「職業柄だ」 「ふーん、じゃあどうして、あっさりキャスリン嬢を攫われたのかね?」 その問いに、キルシュの瞳が細められた。 「何が目的だ」 「事実を知るのが、俺の役割だ」 「事実だと?」 低く放った声は、どこか凄みを帯びていた。だが、相手は怯えることもなく、飄々と語る。 「たとえば、キャスリン嬢が王子の初恋の相手に酷似していたのは、本当にただの偶然なのか……とかな」 「何が言いたい」 「彼女は、ジェラード大臣の私生児なんだろう」 青年は、無言だった。その反応を確かめながら、侵入者は更に続けた。 「社交界には知られていない存在で、かつ、王子にあてがうには、申し分ない相手だ。作為的なものを感じずにはいられない」 キルシュは、かすかに背を反らした。やや上向いた美貌が、冷やかに見下ろす。 「お前は、何者だ」 「さる方に仕える者、とだけ言っておこう」 「……王子の手の者か」 つまらなそうに言うと、キルシュはゆっくりと段を下る。 「あの男は、そこまで考えてはいない。いつも、行き当たりばったりだ。王子が娘を目に止めたのを、絶好の機会と考えただけのこと」 他人事のように言った彼を、男は痛ましげに見つめた。そして、静かな声で問う。 「しかし何故だ。どうして君は沈黙している」 「合法だからだ」 事も無げに言うと、彼は淡々と理由を挙げていく。 「家長は確かに私だ。だが、キャスリンが彼の娘である以上、彼にもキャスリンの身の振り方に口を出す権利がある。家長権を持ち出されたら、平民である私と貴族である彼とでは、勝負にならない」 キルシュが声を発するたびに、空間が冷え冷えと凍えていくようだ。一通り聞いた後、男は更に問いを重ねる。 「何故、キャスリン殿だけが? 貴方がたは兄妹なのに」 「どうせ、調べたのだろう? 一度は認知された僕が、どうして勘当されたのかを」 「……お母上のことがあったと」 「それもある」 驚くほど、彼の口調は落ちついていた。法の庭に立つ時の冷徹さでもって、彼は先を続ける。 「だが、そこまで状況を追い込んだのは、僕が男だからだ。たとえ私生児であっても、男であれば、後継者になり得る」 「女なら、逆に利用することが出来るから、か」 苦々しげに吐き捨てた男は、未だ感情を見せない男を見据える。 「どうして、キャスリン嬢と彼の縁を切ってしまわなかったんだ?」 口にした瞬間、男は息を呑んだ。こちらを振り向いた青年の瞳が、透明な質感を残したまま、空虚をさ迷う。目を離せずにいる男に、抑揚のない声が届いた。 「貴方には関係のないことだ」 「だが……」 「王子に申し上げられることは一つだけだ。妹を助けて頂いて感謝している、とね」 そう言った彼の横顔は、一瞬だけ、柔らかく緩んだように見えた。 |
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素材配布元:「神楽工房」様