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王子が去った後も、アリュードはその場に立ち尽くしたまま、動けずにいた。 「アリュード様……?」 恐る恐る問う声の近さに、我に返れば、腕の中に抱き込めた少女が、怯えたような目を向けている。 「あ……っ」 己の大胆さにうろたえながら、慌てて距離を離したものの、気遣うような手は腕に添えられたままだ。そんな彼に、キャスリンはもどかしげに問う。 「アリュード様。わたくし、何か無作法を働いたのでしょうか」 「何故、そんなことを」 「先ほどから、ずっと不安そうなお顔を」 アリュードは、はっと突かれたようにうつむいた。そして、無理に笑う。 「そんなことはないよ。王子が勝手に押しかけて来たんだ。礼儀知らずは向こうの方さ」 「それはあんまりですわ」 真剣にたしなめるキャスリンに、金の髪の青年は、複雑そうな目を落とす。だが彼は沈黙したまま、そっと扉へ導く。家の入り口まで来た所で、彼はようやく、口を開いた。 「もし、あの方から伴侶にと望まれたなら、君はどうする」 「身分が違います」 「そんなのは逃げ口上だよ」 思いの他、強い言葉が出た。彼女から目を反らしたまま、アリュードは戸惑うことなく、ゆっくりと言い含める。 「相手は王子なんだ。身分などどうにでもなる。だから、本当の気持ちを……君が望むように、選んでほしい」 一つ頭を下げて、背を向けると、彼女が呼びとめるのも聞かずに、門から出ようとした。 後ろで重い音が響いた。反射的に振り向いたアリュードは、これ以上ないほど瞳を大きく開く。 「キャスリン!」 その悲鳴に、倒れた少女は、緩く首を横に振ったように見えた。 やや遅れて帰宅した兄のキルシュは、眠る妹の寝息が安らかなのを確認し、そっと扉を閉めた。階段を降り、下の部屋へと向かう。 キルシュが居間を覗くと、彼が祈るように手を組み合わせているのが見えた。しばらく迷ったものの、そっと中へと入る。 だが、彼はまだ気づかぬようだった。蒼白になった顔が、彼の心労をうかがわせる。キルシュは一つ唇を噛むと、殊更に明るい声を上げた。 「大したことはない。軽い貧血だ」 彼は、初めて顔を上げると、酷く傷ついたような目をして、うつむいた。 「ごめん」 「何を言うんだ。無理な頼みをしたのは僕の方だ。気にしないでくれ」 「そうじゃない。僕が……悪いんだ。追いつめるようなことを言って」 頑なに拒否するアリュードの目に、かの兄はそれ以上の慰めを止めた。その代わり、彼はそっと囁く。 「これは、僕自身の反省として聞いて欲しいんだけど」 ちらりと友人を見るが、反応はない。少し離れた椅子に腰掛けると、キルシュは良く通る声で続けた。 「追いつめられたとしたら、それはキャスリンの弱さだ。君が気にすることはない」 「そんな……」 「キャスリンは、大人だよ。自分の行動に責任を持つべきだ。君が背負う必要など、どこにもない」 淡々とした、だが良く通る声が、強く主張する。 「そうしなければ、生きていけない」 「え?」 顔を上げたアリュードが目にしたのは、硬く唇を噛み締めて苦悶を堪える友人の姿だった。 「キル……シュ」 「なぁ、アリュード」 上げた瞳は、胸を突かれるように、物悲しく微笑んでいる。 「限界を、考えたことがあるだろうか」 その夜、一人の大臣の邸宅に、黒い使者がある報せをもたらした。己の放った密偵のもたらした情報に、男は満足げに頷いた。 「ヨーゼフ様が、あの娘のところへ通っている……か」 元から質の良くない笑みが、横のシェードの光で、益々いやらしく映える。 「良い兆候だ。上手く、使えるかもしれん」 主の言葉に、密偵はただ俯いたまま、沈黙を守るのみだった。 |
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素材配布元:「神楽工房」様