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ちょうど、彼女の家の近くまで来たところだった。不安げにうろうろしていた金髪の男が、こちらを振り向いた。 その瞬間、彼がはっと動きを止めたのが分かった。 「キャスリン!」 その声に、ずっと俯き加減だったキャスリンが顔を上げ、そして動揺したように身をすくめた。 「あ、アリュード様。どうなさったんですの」 「どうもこうもないよ。帰りに寄ったら、君がいないから」 大股で駆け寄るが、彼女に届く数歩手前で足を止めた。そして、横のヨーゼフを睨みつけるように見る。 じっと身体を固くしているキャスリンを、後押しするように彼に預けると、ヨーゼフはわざと軽い口調で、 「そんなに警戒しなくとも、話をしていただけだよ」 凄まじい視線に負けじと笑ってみせた。そして、キャスリンには聞こえないように、彼の耳元で囁いてやる。 「でも、フリーなら、話すくらいは自由だろう? アリュード・ヒルズ裁判官」 「……っ!」 口の中で、何やら毒づいた言葉を聞き、ひっそりと苦笑する。 明らかに王子である自分にかけられたものではない。それは、愛する女性を奪おうとする、恋敵にこそ相応しい言葉だった。 急な来客の報せに、司法院の最高位置に属する裁判官、キルシュ=ビバルディは苛立っていた。予定外の面会が嫌だったというのではない。その相手がもたらすであろう、不愉快な話題を考えてのことだ。 「貴方がキルシュ=ビバルディ殿ですか」 司法院を訪れた客人は、ほうと感嘆の声を洩らした。 「妹君も美しい方でしたが、貴方もまた……司法の庭に咲く、一輪の百合ですな」 「ご冗談を。自分が何と呼ばれているかは、存じています」 「司法の庭に住む魔物、ですか」 キルシュは微動だにしない。手を組んだまま、じろりと彼を見上げた。だが、彼は悪びれることなく、軽く頭を下げる。 「しかし、魔物にもなれるだけの美貌をお持ちだ」 「ご用件を伺いましょう」 そっけなく遮ると、彼は苦笑し、身を正した。 「では、単刀直入に申しあげる」 まだ、若い男だった。ちょうど、キルシュと同じ年代だろう。だが、睨み合う二人に、そんな共通項は、何の緩和ももたらさなかった。 「貴方は今、早急に三つの道のどれかを選ばなければならない」 「何ですって?」 「キャスリン嬢を王子がお見初めになったことはご存知か」 「待ってくれ。そこまで話が進んでは……」 やんわりと姿勢を示したキルシュを、彼は冷やかに切って捨てる。 「当事者の意思など、この際、関係ありませんな。問題は、王子がようやくその気になりそうだということ、そして彼女が非常に都合の良い立場にいるという二点だけです」 「都合の良い……だと?」 その目が、一人の兄へと変わった。その手応えを確かめつつ、彼は話を進める。 「貴方もお気づきのはずだ。最高裁判官である貴方は、王族と交わってはいけない立場にある。妹が王族になるということは、貴方が職を辞さねばならぬことを意味しています」 「それで?」 「取るべき選択肢は二つ。妹を妃殿下にし、貴方は職を辞すこと。そうでなければ、王子の求婚を頑としてはねつけること」 一気に畳みかけるように話しかける。だが、キルシュは落ち着きを取り戻していた。妹と良く似た美しい面差しは、彼女のそれとは違った、鋭い光で満ちている。 そんな瞳を前に、やや臆しながらも、彼は必死にそれを押し殺していた。 「そして最後の手は、妹君をどこぞの養女とし、完全に縁を断つことです。そうすれば、貴方は今の職を全うし、妹君は妃殿下としての生を送ることが出来る」 「なるほど。キャスリンを養女に取るのが、大臣達の狙いですか」 「ええ。手軽に王族になれるチャンスです。娘がおらず、最初から諦めていた連中には、願ってもない機会ですな。もっとも、自分の娘を娶らせようと目の色を変えていた連中も、狙っているようですが」 互いの視線が交差した。どちらも腹を見せぬ、うろのような目をしている。 「ですから、早々に意思を定める必要があるということ、分かって頂けましたかな」 「妹の意思が優先です」 「何を馬鹿な事を。いくら平民とはいえ、家長は貴方なんでしょう。家長である貴方に従う義務が彼女にはあるはずだ」 「私の意思は、妹の幸せにこそあります」 呆れたようにいった男に、ぴしゃりと言い放つ。 「ですから、家長たる貴方が決めてやるのです。女子であるキャスリン殿にそれを決めさせるのは、間違いの元だ」 「家長であろうと、間違いは犯します。我々が人間である限りは」 諭した男に向かい、彼は頑なに主張して、譲らなかった。 |
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素材配布元:「神楽工房」様