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「何故、あのようなことを?」
「他に王子を説得する方法がいくらでもあろうに」
 大臣達の質問に、年若いサーシャルは、何度目かになる回答を繰り返していた。
「それは散々試した後でしょう。でも、王子は婚姻やそれに伴う何もかもを、避けてきた。その意志を曲げてくれると仰っているのですから、我々も腹を括ろうではありませんか」
「しかしだな――」
「ジェラード公。貴方は、どう思われますか?」
 うんざりとし始めたサーシャルがそう呼びかけると、壮年の男性が狡猾な目を向けてきた。値踏みするような目は、どこか矮小な印象を与えるが、その瞳に宿る活力はまだ枯れる様子もない。
「何故、私に問う」
「他意はありません。ですが、貴方は以前――」
「左様、確かに数人の娘を、王子に紹介したことがあった」
 ぎょろりとした瞳を場に向けると、大臣達は一様に目をそむけた。時折、鋭い眼光を返すものもいたが、やや呑まれてしまっているものが大半だ。
「貴公らの腹の内は見えている。娘を持つ者は、王子の子を孕むような事態を望んでいる。また、娘を持たぬものは、縁者や息のかかった女を王子に添わせようと考えている」
 誰かが否定の声をあげかけたが、力なく立ち消えていった。愉快そうにその反応を眺めながら、ジェラード公は、しかし、と続けた。
「私もその一人だ。だが、おぬしのやり様に、反対する理由はない。この年になれば、恋が何たるか程度は分かるのでな」
「ほう? では、ご教授願えますかな」
 サーシャルの揶揄に気づいたはずだが、彼はさして怒る様子もなく、悠然と構える。
「恋など、所詮は夢だ。現実に触れれば、すぐに腐敗する。夢から覚まさねば、永遠に王子は理想の女と添い遂げたままだ。それならば、現実を見せてやった方が良いだろう」
 倣岸に構える男を見据え、サーシャルはふと笑う。その目には、冷やかな光があった。



 思い出すのは、ある春の日の記憶。花で埋もれるあの公園での出来事。

 こっそりと城を抜け出したヨーゼフがそこに見出したのは、花畑の真ん中で、必死に何かを作っている子供の姿だった。
 長い睫や、そしてその下で零れそうな瞳は、たまらなく愛らしい少女のそれ。そのくせ、きつく結ばれた口元は、凛々しい少年のそれに似ていた。
 まるで妖精のようだった。
 ただし、その手元さえ見なければ。

 花が可哀相になるほど、手折られ、ぐしゃぐしゃに歪んでいる。必死な形相を見る限り、ふざけている訳でもない。おそらく、不器用なのだ。
「何をしているの?」
 ヨーゼフが問うと、その人は手元から目を離さぬまま、短く答えた。
「花冠」
 姿に違わず、美しい声から導かれたのは、とても信じがたい事実だった。
「花、冠」
 危うく、何の冗談だと言ってしまうところだったかもしれない。昔、女官が作っていたそれは、きちんと頭にかぶれる輪の形をしていたはずだ。
 だが、その人の手元にあったのは、どう見ても鳥の巣としか形容できない代物。
 しばらく答えに窮した後、ヨーゼフはある申し出をした。
「ねぇ、僕にも作り方を教えてくれないか?」
 すると、その人は初めて顔を上げた。そして、少し照れたように微笑む。

 その時、王子は恋に落ちた。



「ヨーゼフ」
 肩を揺する手に、ふと意識が揺らいだ。目をこすりつつ起きあがると、そこには白づくめの男が立っている。
 武官の制服ではない、白のローブを着用した彼は、ヨーゼフの友人でもあり側近でもある魔法使いだ。名は、バロンという。
「どうした」
「いや、こんなところで寝ると風邪を引くぞ」
 そう言われて初めて、自分が机の上でうたた寝をしていたことに気づいた。ヨーゼフが立ちあがったのを確認し、部屋を出ようとしたバロンは、ふと思い出したように言った。
「そうだ。さっき、若造が来てさ。お前に伝言」
「ああ、サーシャルか。何だって?」
 問い返すと、バロンは勿体ぶった仕草で言った。
「いや、何。例のお相手のことだが、お誕生会に国中の娘を招くことにしたから、そこから探して欲しい、だとさ」
「ふうん」
「ま、俺がちまちま探すよりは、よっぽどマシだと思うけど」
「何を言ってるんだ、大分助けられたよ」
 そう言って微笑むと、ヨーゼフはそっと窓辺に向かう。
「二十四才の誕生日、か……」
 待ち遠しいようでもあり、怖いような気もした。

素材配布元:「神楽工房」様