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 平和な王国の、平和な戦いの始まり――
 それは、一途な王子様と家臣達の間で交された、ある論議に端を発していた。

 日差しの温かな午後のこと。
 一通りの執務を終え、うとうととしていた王子のいる居室に、重い地響きが近づいてきた。その振動に、王子は、思わず肘を外す。
 彼が身構えていると、大きな扉の音と共に、大臣達が足音を立てて突進してきた。
「王子、一体あの娘に何の不足があるというのです!」
「そうですぞ。貴族の娘御では嫌だとおっしゃるから、平民出身で」
「そして、男という男が憧れると評判の娘」
 口々にがなり立てる大臣を、細めた目で見つめる。その反応がまた気に入らなかったのだろう、彼等は更に声を大きくした。
「もう、貴方も二十四才。王族の男として、寵姫一人持たぬというのでは、世間の目というものもありましょうぞ」
「心に決めた相手がいる。それは結構なことだ。しかし、それとこれとは別です」
「王族足るもの、一人の相手では色々と不足でしょう。男たるもの、女性の二人や三人、相手に出来なくてどうするのです」
 更に目を細め、王子は数回、目をこすった。
 ヨーゼフ殿下。二十四才の誕生日を控えたある日のこと。普段は王子にごまかされている重臣達も、この日ばかりは黙っていなかった。延々とお世継ぎの必要性について説き、正妃はともかく、寵姫か側室の一人でも、と袖を引く。
 口々に一通り説き終えた後、皆は仲良く唱和した。
「とにかく、一刻も早くお世継ぎを!」
 彼は、思わず拍手をしかけたが、慌てて留まった。そして、しおらしい仕草で、ヨーゼフ王子は首をひねってみせる。
「皆の心配は分かる。私も、それなりに努力はしているつもりだ。執務の傍ら、相手を探して、必死に密偵を送ったり、無駄に会食を増やしたりしている」
 確かに、ヨーゼフ王子の努力は、涙ぐましいほどだった。だが、大臣達が望むのは、そうした努力ではない。
 彼等は、揃って頷く。一矢乱れぬ連携が気味悪いくらいだ。
「それならば良かった。では、我々の案を受けて頂けましょうぞ」
「ちょうど貴方も誕生日を迎えられる」
「誕生日の宴は良い機会です。ここらで是非、王妃候補を」
「王妃が嫌ならば、せめて側室でも」
「そう、国中の娘を集めて――」
「否、貴族の娘だけに」
「やかましーい!」
 あまりのかしましさに、ついにヨーゼフ王子は堪忍袋の尾を切らした。普段は温厚で鳴らしているヨーゼフだが、決して気の長い男ではない。ばさりとマントをひるがえして、椅子から立ちあがると、ぐいと顔を突き出した。
「そこまでやかましく言うのならば、私の相手を探す努力をしたらどうだ」
「はぁ?」
「私が執務の間を縫って探す事十年以上。手がかり一つ見出せなかった。その相手をお前等が見つけることが出来たなら、お前らの要求を呑まぬでもない」
 しばらく、彼等は動けずにいた。お互いに肘を突付きあった後、その内の一人が恐る恐る片手を上げる。
「相手とは、王子の初恋のお相手とやら、でしょうか」
「その通りだ」
 顎をしゃくると、ヨーゼフは改めて椅子に座り直した。
 整った容貌に、白い仕官服を身につけた王子。服装はこの国の仕官に共通したものだが、彼が身につけると、不思議と高貴な表情を見せる。
 銀の髪に、やや色素の薄い肌。意思の強い口元が示すように、高潔な人柄。
 この国の民が、純白の王子と呼び表し、尊敬の念を送るこの王子の欠点は、二十四才にもなって、未だに後継ぎの一人もいないことだった。
 十代で子供を幾人も抱えていることが珍しくない、この国の王族として、二十四にもなって恋人の一人もいないヨーゼフ王子は、かなり特異な存在と言っても良い。
 もちろん、もてない訳ではない。だが、彼が全く興味を示さないのだ。
 その理由は、彼の純粋さにあった。
「前にも言った通り、私には想い人がいる。しかし、最後に会ったのは子供の頃だ。相手の名も、住まいも、何もかも分からない」
「そ、その相手を探し出せと?」
「その通りだ」
 ざわつく大臣達に、彼は挑戦的に手を組んでみせた。
「その相手以外、王妃の席に座らせるつもりはない。私から言うべきことは以上だ。貴公らが探し出すことが出来たら、王妃でも寵姫でも娶ろうぞ」
 その不敵な笑みに、しばらく家臣達は無言だった。だが、その中から一人、前に進み出た者がいた。重臣達の中でも、一際若い青年は、物怖じすることなく、王子と向き合う。
「その挑戦、受けて立ちましょう」
「サーシャル!」
「どの道、そうでもしなければ貴方は結婚しようとはなさらないのでしょう。ならば、こちらも本気になるより道はない」
 悲壮な目で、彼はそう宣言したのだ。

素材配布元:「神楽工房」様