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5,ありがとう
初めから、見ているだけの恋だった。
自分が彼の隣りにいたことが、夢のようだと思う。
かつて、見上げるだけだった城。式典の時、遠くから見つめた、美しくも凛々しい王子様。その全てが、今、目の前に再現されていた。
割れんばかりの歓声の中、テラスに立つ新王は、満面の笑みで手を振っていた。
彼は、当然のようにそこに在った。こうして見ると、やはり彼の居場所はあの場所であり、王座以外のどこにもないように思える。
重ねてきたはずの過去が、急にぼやけていくようだった。
クーデターが起きたことも、逃亡した王子様が自分と行動を共にしていたことも、今から思えば長い夢だったのかもしれない。
人込みの中を、テラスに背を向けてすりぬけようとする。ちょうどその時、壇上から彼の名を呼ぶ声があがった。
「……ありがとう」
続けられた呼びかけに、一瞬だけ動きを止めた。だが、決して振り返らぬまま、逆方向へと足を向ける。
彼は知らない。ただ、この国を通りかかった旅の傭兵だと思っている。自分が、元々この国の人間であることも、ずっと以前から彼を見ていたことも知らない。
最後まで、見ているだけの終わり方。
――告げないままの、恋でした。
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