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「――何故、裁判官を辞めたのか、と?」 「はい」 目の前の、真面目くさった顔の若者に、キルシュはまたか、と内心でため息をついた。 この王宮に来た若者で、キルシュを目の当たりにした時、この質問をしない人間の方が少ない。 仕方ない。いずれは止む質問だろう。キルシュは結局、過去の人間であり、いずれは現役時代の彼を知る人間もいなくなるのだ。 だから多少の気恥しさを抑え、キルシュはきちんと答えることにしている。 「今の伴侶と付き合うにあたり、肩書きが邪魔になったからです」 裁判官の職を辞した時、それを普通に認めてくれたのは、妹とアリュードだけだった。 清廉潔白な法の守人。司法の庭に住む魔物。 未だにそのイメージは抜けず、時折キルシュの復帰を望む声があると聞く。 だが、こうして、王宮の奥深くにこもったキルシュを知る人間は少しずつ減り、いずれは忘れられていくのだろう、と思う。 それでいいのか、と聞かれたことがある。けれど、キルシュの答えに迷いはない。 自分の望む世界は、あの司法の庭ではなく、ここでも叶えられるから。 伴侶はその答えで納得したようだし、他の皆もそうだが、一つだけキルシュには黙っていることがある。 ここでしか、自分の望みは叶えられないのだ。 このファーシルを統べる、唯一絶対の存在は、恨むことを知っていて、知った上で全てを受け入れた。 多分、ヨーゼフは認めないだろうが、彼がそうあり続ける理由は、ただ義務感というだけでないのではないか。 恨みを知る者が、それでも皆の求める王であろうと、賢王である母親を継ごうとするのは、世界に対する思い入れに他ならないのではないか。 立場は違えど、自分と同じように、恨みを知る世界に。 けれど、キルシュはそう問うたことはない。 君は俺をあの花畑に置いてこられたろう、とは言わない。 おそらくヨーゼフにその自覚はないし、知覚しない以上、ヨーゼフの中で、キルシュという存在は大きく、初恋の人として残っていられるのだろう。 だったら絶対に尋ねない。 それくらいには、キルシュにだって意地はあり、おそらく認めなくてはならないこととして。 キルシュは、彼のことが好きなのだ。 その限り、自分だって彼の大事な位置に居座りたいし、わざわざそこから落ちていきたいとは思わない。 そんな思いを抱えながら、司法の庭に住んでいた魔物は、王宮の廊下を歩く。 自分に魔法をくれた、大切な人の元へ向かう為に。 ――Fin |
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素材配布元:「神楽工房」様