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馬車に乗り込もうとした瞬間、そっと袖を引く手があった。振り向くと、バロンが真顔でこちらを見上げている。 「王子、俺も行きますよ」 「でも――」 「なぁに、家の外で待ってますって」 軽く片目をつぶると、迷惑げな女の目をものともせず、馬車に割り込む。 そして馬車は、女の夫、大臣を務めるジェラードの屋敷へと向かった。 道中、ヨーゼフは、改めてジェラードについての知識をかき集めていた。 ジェラードの家自体は、由緒正しい貴族の一門であった。ただその当主、ジェラードは良く言えば頭の良い、悪く言えば、厚顔無知な男だ。 自分の妻を王に差し出し、自身の地位をつかむという真似を平気でやってのけ、その噂が公然と囁かれても、平静でいられる神経の持ち主。そしてその妻ローザンヌにいたっては、強欲極まりない悪女。 誰が見ても、つりあいの取れた夫婦だと言うところだろう。 そんなことを考えている内に、馬車は屋敷の前へと到着していた。 王子という身分の者を迎えるには、やや私的な空間のように思えた。隣室への扉が開きかけていたりと、いささか砕けた感じさえする。 ヨーゼフは気取らぬ王子というイメージが先行しているが、馴れ馴れしくされるのは決して好きではなかった。思いきり眉を吊り上げたが、相手には伝わらなかったらしい。 気取った長台詞を延々と聞き流しつつ、ヨーゼフは軽く周囲を見回した。まだ、席にはつかない。 ふと、言葉が途切れたのに気づき、ヨーゼフは改めて顔ぶれを見た。 「これは、秘密裏の会合ですかな?」 そう皮肉ったのは、その場にいたのがほんの数名に過ぎなかったからだ。だが、相手はひるみもせず、婉然と片手を上げる。 「ええ、秘密のお話ですの」 その合図に、侍女がワゴンを押しながら、入ってきた。音を立てぬように、部屋の中心までやってきたワゴンの上には、既に注がれた盃がある。 「さ、お話の前に一つ、乾杯をしましょう」 「ああ……」 妙に青ざめた侍女の顔が気になったが、 「王子……っ!」 いきなりヨーゼフの手から、杯が消え失せた。 叫んだのは、誰だったろうか。 取り上げられた盃の行方をぼんやりと見守るヨーゼフの前で、彼女は一気にそれをあおってみせる。少女の白い喉が、一つ鳴った。 「何を……」 彼等の顔が、ゆっくりと青ざめていく。すっかり色を失う観客の前で、どこか田舎くささの残る純朴な顔立ちの少女は、とんとグラスを置いた。 見上げた目は、急にとろんと虚空をさ迷い、世間知らずの娘の顔をがらりと変える。 そこから先に起きたことに、王子は顔色を変え、そして周囲もそっと目を反らした。もし、当人にこの時の記憶があったなら、おそらく恥じ入って消えてしまうのではないか。 腕に絡みつき、熱っぽくねだる娘を適当にあしらいながら、ヨーゼフは冷やかな目を後ろへ向ける。 「これは……どういうことかな?」 固まっている男の後ろのドアに目を留めたヨーゼフは、彼を押し退けるようにして、ドアを押し開けた。 部屋の奥に、寝台が見えた。その上に、小さく上下するものがある。規則的に布を振動させるのは、心音だろうか。 そっと駆け寄ったヨーゼフは、遠慮がちに布をはいだ。 |
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素材配布元:「神楽工房」様