王子様と騎士の日常
 騎士は、子供にも優しい男だった。少し任務から離れれば、すぐに子供達に囲まれている。
 貴族の、騎士の行儀見習いとして、あるいは下働きとして、城にあげられたばかりの子供達は、慣れない暮らしに心細い思いをしていることが多い。
 そうした彼らに心を砕き、時間の許す限り、相手をしてやっている騎士の姿は、微笑ましい限りとの評判だ。
 だが、王子には少々、気懸かりなことがあった。
 騎士を見上げる子供達のまなざし。
 子供達から解放されてようやく、こちらの視線に気づいた騎士はあわててこちらにやってきた。
「いつからいらしたのですか」
「つい先ほどだ」
 努めて隠そうとしたものの、声には棘が混じる。そんな主君に、騎士は気遣わしげな目を向けた。
「何かあったのですか」
「別に」
 だが、つっけんどんにそう言われて信じるほど、単純な男でもなかった。仕方なく、本音を打ち明ける。
「やはり女の方が良いのか」
「は?」
 騎士は一瞬、何のことを言われたのか分からない、という顔をした。だが、王子の視線を追って、ようやく合点がいったらしい。
「相手は子供でしょう。そのような趣味はございません」
 何を言うかと思えば、と笑う騎士を、歯がゆい思いで睨む。
「だからお前は、警戒心が足りぬというのだ! 子供といえど男は男、女は女だぞ!」
「そんな、不本意です。私に幼児趣味があるとお疑いで」
「お前になくても、あちらにその気があるかもしれないだろう。少し、無防備に過ぎるぞ」
「王子……」
 王子を見る騎士は、憐憫の表情を浮かべていた。あまりの鈍感さに、思わず地団太を踏む。
「私がお前を意識し出したのは、あれよりも幼い時分だ」
 それを聞き、騎士は大きく目を見開いた。そこに重ねて、王子が指を突きつける。
「お前は知らなかったから、赤子のようだと笑っていられたのだ。知っていたら、とても抱き上げる気になどならなかったろうに」
「あれは……その、そういう意味だったのですか?」
「当たり前だ」
「では、お休みの……えーと、あれとかも、一緒に風呂に入りたいと駄々をこねられたのも?」
 改めて口にしても、その異常さに気づいていないらしい。そんな騎士に、頭を抱えたくなってしまう。
「お前、十二才にもなって、ただの家臣とお休みのキスをしたがると思ったのか? 十二才の子供が、好きでもない同性に添い寝を頼むとでも?」
「てっきり、王子は甘え癖が抜けないのかと」
 目の前の恋人は、平然とそんなことを言ってのけた。思わず、拳を横の壁に叩き付ける。
「だからお前は、警戒心が足りんというのだ! 寝ている最中に襲われても知らないからな!」
「そんな子供は王子だけです」
 必死の忠告をあっさりと聞き流し、彼は豪快に笑う。
「私はこれでも騎士ですよ。そう簡単に襲わせません」
「その割には、ずいぶん簡単に落ちた気がするが」
 ぼそりと呟いた途端、王子は失言を悟った。突き刺さる視線が怖くて、そちらを向くことが出来ない。
 そして、かなりの間を置いて返って来た騎士の言葉は、今までになく冷ややかだった。
「貴方が私をどういう風に評価なさっているのか、よく分かりました。今後は、騎士としての本分を弁えながら、お側に仕えさせて頂きます」
「なに?」
 ぐい、と顔を近づけられると、つい凛々しいなと見惚れてしまうが、次に響いた声音に背筋が冷えた。
「簡単に、男と寝る男とお思いで」
「……それは」
「失礼致します。勤務時間外ですので」
 一礼すると、すたすたとその場を離れていく。そんな騎士の背中からも怒りが伝わってくるようだ。とても今夜は、逢瀬に応じてくれそうにない。
「今、謝っても……無理、だろうな」

 結局、王子が許してもらえたのは、翌日の朝のことだった。
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