君に捧げる冠は-5-
-5-

 幼い頃、花畑で見出した指先。そして、それが不器用に花冠を紡ぐ様を見て、見かねて手を貸したいと願ったのが始まり。

 ずっと探していたその手を掴むと、彼女は驚いた風に振り向いた。自分の非礼に気づき、ぱっと手を離して詫びた後、改めて彼女を見る。
 美しい瞳が彼を視界に入れた瞬間、何とも言えぬ感慨がこみ上げてきた。だが、どこかで違和感を感じる自分もいて、はっきりとその人と断言することは出来ない。
 だが、彼女は今まで見たどの女性よりも、初恋のその人に似ていた。
「一曲、お相手を」
 そう申し込むと、
「え? わ、私がですか?」
 彼女は戸惑ったように、眉を寄せた。それも、喜びではなく、明らかに困惑している。

 ――いや、それよりむしろ遠回しに拒絶してはいないか。

 急に場が静まり返った。いつのまにか、周囲の注意は、この二人へと向けられている。それに気づいた瞬間、娘はますます動揺したようだった。顔を紅潮させ、身体を固くしている。
「娘、失礼ではないか」
「おい、止せ……」
 苛立った大臣が、高圧的に迫るのを止める傍らから、
「いいえ! 大臣様の仰る通りですわ。たかだか、平民の小娘のくせに、王子のお申し出を断るなんて」
「そうですわ。殿下はお優しい方ですけれども、そんな娘に情けをかけて、お声をかけて差し上げる必要なんて、ありませんのよ」
 大臣の態度に勢いづけられてか、口々に攻撃を開始する貴婦人達。さすがに腹が立ったヨーゼフは、皮肉の一つも言ってやろうかと、口を開こうとした瞬間、
「大概にして頂けませんかな」
 冷えた声が、場を揺らした。良く通る声の主は、人ごみを押し退けるようにして、彼女の元までやってくると、王子の手から隠すように立ちはだかった。
 一見、学者かと思わせる線の細い男性だった。眼鏡をかけ、正装こそしているが、非常に質素な服をまとっている。
 だが、眼鏡の下に覗く瞳の鋭さは、戦士のそれに似ていた。
「この女性は、花嫁になりたくて群がっている、あの貴婦人どもとは違うのです。私の同行者、いかに王子といえど、他人の恋人を無理矢理横どって良い法はないでしょう」
「恋、人?」
 彼女はきょとんと首を傾ぐ。これを見、王子は意地悪く口元を歪めた。ひそかな敵対心が燃える。
「明らかに違っているように見受けられるが」
「恋人予定なんだ!」
 招待客からはどっと失笑が起き、王子の横では魔法使いが爆笑していた。
 だが、生真面目な大臣達は、この行為に激怒した。彼らからすれば、ようやく思いを叶えられる寸前に邪魔が入ったのだ。
「貴様! 貴族ではあるまい! 一般客が何を――」
 言った途端、青年の目の色が変わった。周囲がふと一瞬、音を止めた。
 息遣いさえ消えたような空間で、彼は大きく手を広げた。
「私とて、このような不愉快な場と知っていたら、絶対に出席しなかったんだがな。貴族でなければ、無理矢理奪い取られても仕方ないとでも? ならば、今後は招待状など送らぬことだ。受け取らなければ、そもそも我々はあなた達の御前には参上しない」
「そうか、では今後は宮廷への出入りを禁じさせて頂こう。名を名乗れ!」
 周囲が、さっと息を止めた。だが、当人は動揺一つ見せず、肩をすくめる。
「最高法院所属、アリュード・ヒルズ」
 男が名乗った途端、周囲がさっとざわめいた。ヨーゼフも一瞬、唇を噛む。彼の記憶が正しければ、この目の前の男は。
「なるほど。最高裁判官アリュード・ヒルズか」
「法院代表として参加したのだが、どうやら招かれざる客だったようですな。まぁ、元々貴方とは不倶戴天の敵、ですが」
 不敵に笑うは、司法の庭に住む魔物の中でも、もっとも高位に属する男。かつて、ヨーゼフの父王の暴虐を糾弾した、法の番人。
「私は、最高法院を敵に回すような政をするつもりはないが」
「そう願いたいものですな。では、失礼する」
 ぱさりと白いマントを翻すと、男は半ば強引に娘の手を取って、入り口へと向かう。その背に、やはり何か引っかかるものを感じ、ヨーゼフは声を張り上げた。
「あの! 貴方の御名前を」
 きっと男が振りかえって叫ぶ。
「名乗る必要はないよ、キャスリン!」
 一瞬の間があった。キャスリンと呼ばれた娘は、素直にはい、と頷いた後。
「でも、アリュード様が今、教えてしまわれましたが」
「あ」
 周囲は爆笑の渦に呑まれる。くすくすと笑いながら、王子は手をひらつかせた。
「なるほど、キャスリン嬢。覚えておこう」
「く……っ」
 今度こそ、顔を真っ赤にして立ち去ろうとする男に、ヨーゼフは大きく声をかける。
「では、良い夢を!」

素材配布元:「神楽工房」様